Carl von Steuben · Public domain
マリー=アントワーヌ・カレーム
貧困のうちに生まれ、幼くしてパリのパティシエに弟子入りしたカレームは、最初のセレブリティ・シェフとなり、タレーラン、ツァーリ・アレクサンドル1世、後のジョージ4世のために腕を振るった。彼は砂糖とパイ生地を建築へと変え、後にオート・キュイジーヌと呼ばれる体系へとフランス料理を組織し始めた。
カレーム自身の後年の証言によれば、父親は革命下の食糧不足の中、10歳頃の彼をパリの酒場に置き去りにし、貧しい者同士で一緒に飢えるよりましな職があると告げたという。ある煮込み料理屋の主人が彼を厨房手伝いとして引き取り、数年のうちに彼はパリを代表するパティシエの一人への弟子入りを口説き落とし、後の名声へと続くキャリアを築き始めた。
“本物の徒弟修業の道がある職業は、資本なしに、ただ年月だけで、全くの貧困を熟達へと変えられる。”