Unidentified painter · Public domain
アブラアン=ルイ・ブレゲ
ヌーシャテルで生まれパリで成功を収めたブレゲは、現代時計の多くを発明あるいは完成させた――トゥールビヨン(1801年特許)、耐衝撃装置パラシュート、自動巻き「ペルペチュエル」時計、そして彼の名を冠したオーバーコイルヒゲゼンマイである。ナポレオン、タレーラン、そして欧州の宮廷の半数が顧客だった。
1783年、マリー・アントワネット王妃の崇拝者がブレゲに、可能な限りあらゆる複雑機構を備え、可能な限り金を使い、価格にも期日にも上限を設けない、考えうる限り最も複雑な時計を注文した。王妃はその10年後に処刑され、ブレゲ自身も1823年、その時計を完成させないまま没した。息子が1827年、注文から44年後にNo.160を完成させた。1983年にエルサレムのL・A・メイヤー博物館から盗まれた「マリー・アントワネット」は、盗人の死後の2007年に再び現れるまで四半世紀にわたり行方不明のままだった。
“仕様を「可能な限りすべて」に設定すれば、その品は作り手も顧客もその世紀すらも超えて生き延びうる。”