Minister's Secretariat Personnel Division · CC BY 4.0
Shigeru Miyamoto
1977年に任天堂初の社員アーティストとして入社した宮本茂は、『ドンキーコング』(1981年)、『スーパーマリオブラザーズ』(1985年)、『ゼルダの伝説』(1986年)――このメディアの基礎文法となった三作――を設計し、遊びを通じて教えるという任天堂のデザイン哲学を築いた。日本は2019年に彼を文化功労者に選んだ。
1981年、任天堂オブアメリカは失敗作となったシューティングゲーム『レーダースコープ』の売れ残り約2000台を抱え、この若い子会社を沈没させかねない状況だった。社長の山内溥は、この救済作業をエンジニアの訓練を受けていない28歳のアーティストに託した。宮本は、ベテランの横井軍平とともに、ジャンプする大工、さらわれた女性、頑固なゴリラを設計した。ワシントン州の倉庫スタッフは古い筐体を手作業で配線し直した。『ドンキーコング』は史上最大級のアーケードヒット作となり、任天堂の米国での未来を資金面で支えた。
“制約――たとえ二千台の売れ残りの筐体であっても――は、ブレークスルーを生む指示になり得る。”