Winsor McCay · Public domain
エミール・コール
パリの風刺画家で「アンコエラン」運動の一員だった彼は50歳で映画に転じ、1908年に約700枚のインク画からなる、全編が絵から作られた初の映画『ファンタスマゴリー』を制作した。その後15年間で約250本の映画を作り、メタモルフォーゼ・アニメーションの文法を事実上発明した。
1907年、コールは自分の絵を無断使用したゴーモン社の映画ポスターを見て抗議しにスタジオへ乗り込んだ。レオン・ゴーモンは彼に金銭で片をつける代わりにシナリオ作家として雇い、1年も経たないうちに51歳の漫画家は自分の絵を1コマずつ撮影していた。彼は1938年1月、貧困のうちにヴィルジュイフの施療院で亡くなった。彼が始めた業界がちょうど『白雪姫』を公開していた頃のことである。
“ある媒体を発明した人物が、それで利益を得る人物であることは稀であり、しばしば偶然に、そして遅れてそこにたどり着く。”