薬理学と植物学が別々の学問に分かれる以前、薬種商は見た目、匂い、味で薬草を正確に識別する技術を何年もかけて習得した。誤認は患者を治すどころか死なせかねなかったからだ。19世紀の化学分析、標準化された投薬、正式な薬局免許制度が、この植物識別の技巧を実験室で検証された医学に置き換えた。
薬種商=薬草師はもう存在しない。何がこの仕事を消し、どの職業がその席を取ったかを整理した。
紀元前350年頃〜1600年代
博物学と分類
アリストテレスの動物図鑑から中世の薬草書、そして最初の大学付属植物園まで、2000年にわたり生物学の中心的な活動は注意深い記述――主に医学や農業のために生き物を命名し、比較し、目録化すること――だった。それらをつなぐ根底のメカニズムについてはまだほとんど理解されていなかった。
同じ時期に起きていたこと
1665年
フックが「細胞」と名づける
自作の顕微鏡でコルクの薄片を観察したロバート・フックは、小さな仕切られた空間を見出し、修道士が暮らす小部屋にちなんで「細胞(cell)」と呼んだ。この観察は挿絵の豊富な『ミクログラフィア』に記され、生物学でこの語が使われた最初の記録となった。
1735年
リンネが『自然の体系』を出版
カール・リンネの『自然の体系』は、あらゆる種に標準化された二部構成のラテン語名と、界・綱・目・属・種という入れ子の階級体系を導入し、それまで博物学者が用いていた長く一貫性のない記述的名称に取って代わった。この体系は本質的に変わらぬまま今も使われている。