Skip to content セクションへスキップ

🏍️ノートン

イギリス · バーミンガム

主な優勝

1(1951年)最高峰クラス・ライダータイトル
4(1949-1952)350cc世界タイトル
シニアTT1949年初チャンピオンシップ戦優勝
1950年フェザーベッド・フレーム導入

ノートンは世界選手権以前からマン島TTを支配し、1949年の初チャンピオンシップ・シーズンでもグリッドの大半を占めた。武器は単気筒マンクス・エンジンと、マキャンドレス兄弟が設計しベッド枠に似て「フェザーベッド」と綽名されたフレームだった。出力ではイタリア4気筒に劣ったがハンドリングと信頼性で上回り、ジェフ・デュークが1951年に500ccと350ccを同時制覇した。1949年初代シニアTT勝者ハロルド・ダニエル、1954年の公道サーキットの達人レイ・アムもノートンに乗った。しかし1950年代中盤にジレラとMVの多気筒が差を広げると、ノートンはファクトリー活動を引き、プライベーター供給で長年グリッドの頭数を埋めた。遺産はタイトル数より、グランプリを英国産業文化の一部にした点にある。

記録比較

最高峰クラス・ライダータイトル
1
全クラス・世界タイトル
5
最高峰クラス・グランプリ優勝
25+
全クラス・グランプリ優勝
35+

棒グラフはこの一覧の1位基準です。

このチームのレジェンド

ハロルド・ダニエルジェフ・デュークレイ・アムフレディ・フリス

ライバル関係

ノートン対ジレラは英国単気筒とイタリア4気筒の代理戦争そのもので、デューク自身が1952年にノートンを離れてジレラへ移った時点で決着がついた。国内ではAJSやヴェロセットとマン島TTを巡る世代を超えたライバル関係を戦った。

他のチーム

チーム一覧へ →