運用上の時間は2014年3月の一夜である。捜索の時間は数年続いた。
以下の日付は管制記録、マレーシア発表、ATSB文書、破片識別を優先する。
Timeline
- 370便出発
9M-MROがマレーシア時間0時41分、239人を乗せてクアラルンプールを北京へ発つ。
- 最後の管制通話
IGARI引き継ぎのあとコックピットがおやすみと言う。二次レーダーが途切れる。機体はホーチミン周波数にいない。
- 最初の捜索枠
マレーシア、ベトナム、中国らが南シナ海、のちマラッカ海峡を捜索し、軍レーダー再構成が現れる。
- 南部海洋発表
ナジブ・ラザクが、インマルサット解析は飛行が南部インド洋で終わり生存者はいないと述べる。
- ATSB海底捜索
オーストラリアのJACCとATSBが西オーストラリア沖約12万平方キロの水中調査を率いる。機体は見つからない。
- レユニオンのフラッペロン
翼の破片がレユニオンで見つかる。フランス当局はのちに9M-MROと識別する。
- 公式捜索終了
ATSB主導の海底捜索が残骸なく停止される。マレーシア、オーストラリア、中国が共同声明を出す。
- オーシャン・インフィニティ掃海
民間業者がマレーシアとの合意のもと追加海域を捜索する。残骸は報告されない。
- マレーシア安全報告
附属書13調査が最終報告を公表する。原因未確定、残骸はなお行方不明。
- 開いた残骸一件
遺族と後の民間提案が再捜索を求める。裁判所も委員会も9M-MROの位置を特定していない。
2018年以降、公式文書は薄くなり、周年特集は厚くなる。
公開記録の百科です。法律助言でも犯行手順でもありません。戦争は別アトラスです。