F1、1950年のタイムペナルティ
部活のルール掲示でF1は、応援歌より先に一行の規則になる。年は1950年、行は「タイムペナルティ」、数は5だ。選手の人気順位を規則の数に変えない。道具と時間と反則の、どれをその行が言うかを分ける。パンデミックで短縮されたシーズンで、ルイス・ハミルトンはニュルブルクリンクで91勝目を挙げシューマッハの記録に並び、ポルティマオで更新。トルコでは雨のマスタークラスを見せ7度目のタイトルを手にした。
グランプリは、土曜の予選で獲得したグリッドポジションからスタートし、規定周回数(最低305キロメートル、モナコでは約260キロメートルに短縮)を最短時間で走り切ったドライバーが勝利する。しかし日曜のレース1回はあくまで戦いの半分に過ぎない。F1は毎戦、ドライバーズとコンストラクターズという2つのシーズン通算選手権にポイントを与えるため、真の目標は24戦のカレンダー全体を通じてライバルより多くの得点を積み上げることであり、単発の勝利ではない。 参戦できるのは、チーム自らが設計・製造した人間が操縦するマシンで、FIAの事前車両検査に合格したものだけだ。フォーミュラ(規則)はエンジン、重量、寸法、空力を厳密に定めたルールブックであり、その中でチームはあらゆる合法的な優位性を追い求める。だからこそ規則の解釈自体が競技の一部となり、時にレースはコース上ではなくスチュワード室で決着することもある。
通常のレースウィークは、金曜と土曜午前にセットアップ調整とタイヤデータ収集のためのフリー走行を3回、土曜午後にグリッドを決めるノックアウト予選、そして唯一チャンピオンシップポイントが与えられる日曜のレースで構成される。シーズン6戦ではスプリント形式が採用され、フリー走行2回の代わりに専用のスプリント予選と、上位8名に独自のポイントが与えられる100キロメートルの短いスプリントレースが土曜に行われる。 予選は3つのタイム計測セッションで決まる。Q1では全20台が走行し、遅い5台が脱落してグリッド16位から20位を埋める。Q2でさらに5台が脱落して11位から15位を決め、残った10台がQ3でポールポジションと上位10位の順位を争う。各ドライバーの最速ラップのみが有効なため、一瞬のトラフィックやオーバーステアの乱れがウィーク全体を台無しにしかねず、ポールシッターはグリッドのクリーンな側と前方のクリアな空気を手に入れる。
マシンはタイヤとブレーキを温めるフォーメーションラップを1周し、グリッドの所定位置に並ぶ。レースは停止状態から始まる。5つの赤信号が順に点灯し、消灯した瞬間がスタートの合図となり、反応時間は1000分の1秒単位で計測される。信号が消える前に動いたドライバーはジャンプスタートでペナルティを受ける。危険な状況ではセーフティカー先導によるローリングスタートが用いられることもあり、スタートの出遅れは最初のコーナーまでに数ポジションを失う結果につながりうる。 単一供給元のピレリは、最も硬いC1から最も柔らかいC6までの中から各戦3種類のドライスリックコンパウンドを指定し、そのレースウィーク用にソフト・ミディアム・ハードとラベル付けする。加えて雨天用にインターミディエートとフルウェットがある。ドライレースでは全ドライバーが異なる2種類以上のスリックコンパウンドを使用しなければならず、これにより最低1回のピットストップが義務化され、ノンストップレースは成立しない。柔らかいタイヤは速いが劣化も早いため、絶対的な速さと耐久性のトレードオフがほぼすべての戦略判断の基盤となる。
F1の1950年「タイムペナルティ」には数5が付く。その数はスターの順位ではない。 種目は歴史、規則、道具、見方が分かれている。F1は1950年の「タイムペナルティ」でその四つから一つを言い、数5をその言葉の単位にする。日本の読者は代表の中継で種目に会うので、中継の物語を規則として書きやすい。物語は一試合で、規則は次の試合にも残る。選手の移籍金を種目の定義にしない。1950年
残す数字
- 基準の年
- 1950年
- 競技の数
- 5
- 種目の名
- F1
- 規則の行
- タイムペナルティ