バドミントン、1992年のエンドチェンジと休憩
部活のルール掲示でバドミントンは、応援歌より先に一行の規則になる。年は1992年、行は「エンドチェンジと休憩」、数は3だ。選手の人気順位を規則の数に変えない。道具と時間と反則の、どれをその行が言うかを分ける。時間制限は存在せず、試合はラリー次第でおよそ30分の一方的な試合から、白熱した3ゲーム目までもつれれば1時間半を超えることもある。勝者は単純に2ゲームを先取した側である。トマスカップ、ユーバーカップ、スディルマンカップといった団体戦では、シングルスとダブルスを組み合わせた複数の試合により対戦成績が決まり、先に過半数を制した国が勝利する。
時速400kmのスマッシュと羽根のように繊細なネットショットが一つのラリーの中で交錯する、世界最速のラケットスポーツ。 バドミントンは世界最速のラケットスポーツであり、高さ1.55メートルのネットを挟み、羽根のシャトルがラケットを離れた瞬間には時速400kmを超えながら、その一瞬後にはネット際でふっと失速する、爆発的な加速と繊細極まる感覚が同居する競技である。13.4メートルのコートでシングルスまたはダブルスとして行われ、圧倒的なパワーと羽根のようなフェイント、そして絶え間ないフットワークという稀有な組み合わせが求められる。シャトルの減速が非常に激しいため、一つのラリーの中で豪快なスマッシュと繊細なネットプレーがこれほど大きく揺れ動くスポーツは他に類を見ない。ポイントは時速300kmのミサイルのような一撃でも、ネットをわずか1センチ越えて落ちるシャトルでも決まりうる。
人々を惹きつけるのはそのテンポと駆け引きである。トップレベルのラリーはしばしば20球、30球、時には40球にも及び、その一球一球が奇襲となる。スマッシュを打つと見せかけてネットにそっと落とす、クリアーを見せかけて逆サイドへフリックする。優れたディフェンダーは絶望的に見える体勢からシャトルを拾い上げ、一瞬でカウンターアタックに転じる。生理学的には過酷な競技であり、トップレベルの試合では数百回ものスプリットステップ、ランジ、ジャンプをこなし、一つの中央のベースポジションから六方向へ方向転換を繰り返す。それでいて表面に見えるのは美しさそのものである。手首を使った角度、溜めてから放つ駆け引き、そして小さなコートを2人あるいは4人の選手が幾何学的に切り開いていく様である。
バドミントンはまた、世界で最もプレーされているにもかかわらず、最も競技力の偏りが大きいスポーツの一つでもある。推定2億2000万人がプレーしているとされ、ジャカルタの路地裏から中国のスポーツアカデミーまで裾野は広いが、トップレベルの実力は中国、インドネシア、マレーシア、日本、韓国というアジア勢に激しく集中し、欧州唯一の拠点デンマークに加え、インドとタイが台頭しつつある。インドネシアでは国民的熱狂の対象であり、中国では国家プロジェクトである。BWFワールドツアーと21点制のラリーポイント方式に支えられた現代のプロ時代は、この競技をスピードとスタミナの見世物へと磨き上げ、1992年以降、オリンピックは今もこの競技の頂点であり、レジェンドたちが戴冠する舞台であり続けている。
バドミントンの1992年「エンドチェンジと休憩」には数3が付く。その数はスターの順位ではない。 種目は歴史、規則、道具、見方が分かれている。バドミントンは1992年の「エンドチェンジと休憩」でその四つから一つを言い、数3をその言葉の単位にする。日本の読者は代表の中継で種目に会うので、中継の物語を規則として書きやすい。物語は一試合で、規則は次の試合にも残る。選手の移籍金を種目の定義にしない。1992年
残す数字
- 基準の年
- 1992年
- 競技の数
- 3
- 種目の名
- バドミントン
- 規則の行
- エンドチェンジと休憩