1969-07-15日付
ツール・ド・フランス大会
メルクス優勝、追走集団に7分56秒差スコア
リュション〜ムーランクス、214km、フランスピレネー会場
試合の展開
24歳のエディ・メルクスはすでに総合で約8分のリードがあり、ペイルスールド、アスパン、トゥルマレ、オービスクを越える214kmでアタックする必要はなかった。それでも彼はトゥルマレ頂上から残り140kmで独り飛び出した。チームカーは何度も減速を命じたが、オービスクを越え平坦60kmを独りでムーランクスまで走り切った。追走は7分56秒遅れ、総合リードは約16分に伸びた。最終的に2位ロジェ・パンジョンに17分54秒差で初ツールを制し、ポイントと山岳も総なめ——単一ツールで三大ジャージを同時保持した唯一の選手だ。なぜアタックしたかと聞かれ、特に理由はないと答えた。
今も語られる理由
「人食い人種(カニバル)」の異名はこの日に刻まれた。すでに勝ったレースでも何も残さない姿勢が次の10年のペロトンの基準となり、メルクスの通算525勝がどう可能だったかを説明する。単一ツールで三大ジャージ同時保持は以後一度もない。