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仕事の経路

経済学者、362年のクセノポン『家政論』を著す

経済学者の一日は362年の「クセノポン『家政論』を著す」に要約できる。横に置く数は362だ。有名人の逸話を職務の定義にしない。「エコノミスト」はギリシャ語のオイコノミア(家政)に由来し、歴史のほとんどの期間、それは荘園を切り盛りする人を意味するにすぎなかった。アダム・スミスは自らを道徳哲学者と呼び、イギリス初の政治経済学教授トマス・マルサスが東インド会社カレッジで任命されたのは1805年のことである。経済全体を測定し、モデル化し、予測する俸給専門職は誕生してからまだ150年ほどしか経っておらず、鉄道より若い。

本ページは、クセノポンの荘園経営論、イブン・ハルドゥーンの『歴史序説』から、スミス、リカード、マルクス、ケインズを経て、現代の計量経済学者やランダム化実験の担い手たちまで、この職業の歩みをたどる。今日どのように人々がこの分野に入るのか、中央銀行や大学の中での日々の仕事はどのようなものか、誰がどうやって頂点に立ったのか、そしてAIが実際にどれだけこの仕事を吸収できるのかを扱う。 この肩書には大きく3つの道が共存する。研究と教育を行う学者、中央銀行・省庁・IMFなどの政策系経済学者、そして銀行・コンサル・テック企業の民間経済学者だ。日々の仕事はどこも似ていて、データの整理、モデルの推定、執筆、そしてその結果を実際に行動を起こす人々に説明することである。

法的には不要――肩書はどこでも保護されていない。実際には、大学・中央銀行・国際機関の研究職はほぼPhD限定である一方、省庁・商業銀行・コンサルは修士レベルで採用し、英国の政府経済サービス(GES)は学部卒からそのまま採用する。PhDは研究トラックの組合証であって、この職業全体の必須条件ではない。 米国労働統計局によれば2023年の米国中央値は約11.5万ドルで、連邦準備制度やIMFのエコノミストはそれを上回り、大手銀行のチーフエコノミストは50万ドル以上を稼ぐ。名目額では他地域はずっと低く、インドやブラジルの政府エコノミストは同じ仕事をしても米国の水準のごく一部しか得られない。

厳密には違う――正式名称は「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」で、1968年にスウェーデン中央銀行が創設し、初授賞は1969年、本来のノーベル賞から68年遅れている。同じストックホルムの式典で同額の賞金とともに授与されるため、経済学者を含めほぼ全員が単に「ノーベル賞」と呼ぶ。 2008年11月にロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを訪問したエリザベス2世女王がまさにそう尋ねた。英国学士院の回答書は「多くの聡明な人々の集合的想像力の失敗」を挙げた。標準的なマクロ経済モデルが金融システムをそもそも組み込んでいなかったのだ。この一件で銀行と信用が主流モデルに組み込まれ直すことになり、その再構築は今も続いている。

報告書の最初の行は「クセノポン『家政論』を著す」だ。経済学者は362年と数362があって仕事が見える。 職業の文章は、入る経路と、一日の技術と、責任が終わる場所を分ける。経済学者は362年の「クセノポン『家政論』を著す」でそのうち一つを言い、数362をその言葉だけに付ける。日本の読者は求人で職業に先に会うので、歓迎条件を歴史として書かない。資格と慣習と道具は別の文だ。一つの文の数を、別の文の年収のように読まない。362年

残す数字

基準の年
362年
仕事の数
362
職業の名
経済学者
業務の行
クセノポン『家政論』を著す

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