画家、100年のファイユームのミイラ肖像
進路のしおりで画家を書くとき、最初の文はすることだ。年は100年、行は「ファイユームのミイラ肖像」、現場の数は100。求人票の給与欄を、仕事の中身に置き換えない。古典的なアトリエでは、プロとして通用する水準に達するまでフルタイムのデッサンと絵画で3〜4年を見込む――おおむねBFAに相当する期間だ。認識できる個性のある画風を確立するには、さらに十年ほどの継続的な制作が必要になるのが普通である。北斎は75歳のとき、70歳より前に描いたものは取るに足らないと書いた――誇張ではあるが、現役の画家たちは今も真顔でこの言葉を引用する。
いいえ――絵画にはどこにも免許制度がなく、歴史上、学校の外で腕を磨いた成功者は数多い。ヴィンセント・ファン・ゴッホはほぼ独学だったし、中国の斉白石は借りた画譜を灯火の下で模写して学んだ。とはいえ現在、画廊に所属する画家の多くはBFAかMFAを持っており、この職業で最も安定した収入源である大学の教職に就くには事実上MFAが必要になる。 収入源を積み重ねることによってである。通常画商と折半になる画廊での販売、直接販売やコミッション、版画・エディション、教職、助成金やレジデンシー、そして多くの場合、絵とは無関係な本業。英国・ドイツ・オーストラリアの各種調査は繰り返し、作品販売のみの収入が生活賃金を大きく下回ることを示しており、だからこそ現役の画家のほぼ全員が複数の収入源を同時に走らせている。
商業画廊の標準的な取り分は世界共通で各販売額の50%である。その見返りに画廊は展示スペース、オープニング、時には数万ドルもかかるアートフェアのブース、宣伝、そして何より貴重なコレクターリストへのアクセスを提供する。多くの画廊は買い取りではなく委託で作品を扱うため、画家が対価を得るのは実際に作品が売れたときだけだ。 多くの学校が答えるのは、まずデッサンから始めよ、である。あらゆる絵画技法はデッサン力に依存するからだ。絵の具の中ではアクリルが最も安価で扱いやすく、数分で乾き水で洗える。油彩は数日間扱えるままで、依然として画廊絵画の主流の技法だが、溶剤や「油分は薄い層から厚い層へ」といった規則を要求する。水彩は最も融通が利かず、重ね塗りで修正することができない。
生成AIは画像を生み出すが、画家が売るのは特定の個人が作った、来歴のある物理的なオブジェクトであり、アート市場はまさにそれに値段をつけている。本当の意味で失われつつあるのは、イラストレーション、装飾用キャンバス、複製画といった、隣接する「請負の画像制作」の仕事であり、これらはすでに生成ツールに吸収されつつある。2018年にクリスティーズがAI制作の『エドモンド・ベラミーの肖像』を43万2500ドルで落札したとき、市場はそれを代替物ではなく珍品として扱った。 MFA(美術修士)は批評を中心に組み立てられた2〜3年制の最終学位で、修士展で締めくくられる。米国でテニュアトラックの教職に就くには事実上必須であり、教員や卒業生のネットワークを通じて画廊にアクセスする助けにもなる――イェールの絵画MFAは何世代もの著名な経歴を輩出してきた。展示や販売のために必須ではなく、近年では複数のトップ校が授業料を無償化している。
画家を言うとき100年、「ファイユームのミイラ肖像」、100を残す。年収の数字はその三つの代わりではない。 職業の文章は、入る経路と、一日の技術と、責任が終わる場所を分ける。画家は100年の「ファイユームのミイラ肖像」でそのうち一つを言い、数100をその言葉だけに付ける。日本の読者は求人で職業に先に会うので、歓迎条件を歴史として書かない。資格と慣習と道具は別の文だ。一つの文の数を、別の文の年収のように読まない。100年
残す数字
- 基準の年
- 100年
- 仕事の数
- 100
- 職業の名
- 画家
- 業務の行
- ファイユームのミイラ肖像