シュガー・レイ・ロビンソン
マニー・パッキャオ
指標別に見る
バーはこのリストの首位を基準にした相対値です。
結論
シュガー・レイ・ロビンソンが2指標中2で優位。 当サイトの歴代ランキングではシュガー・レイ・ロビンソンが1位、マニー・パッキャオが8位です。
シュガー・レイ・ロビンソンの主張
ロビンソンは「パウンド・フォー・パウンド」という言葉が生まれる原因となった選手であり、『ザ・リング』誌が史上最高と選んだ人物だ。25年間、200試合のプロキャリアで約173勝19敗6分、108KOという戦績を残し、ある時期はまさに無敵だった。デビューから40連勝し、1943年から1951年にかけて91連続無敗という記録を打ち立てた。ウェルター級王座を保持した後、ミドル級タイトルを5度獲得し、最後は37歳のときだった。6度対戦し5度破ったジェイク・ラモッタをはじめ、キッド・ガビラン、カルメン・バシリオ、ジーン・フルマーといった殿堂入りの選手たちを破った。両手に一発の破壊力、ハンドスピード、フットワーク、フィニッシュの本能を融合させたそのスタイルは、あらゆるオールラウンドの偉人が比較される規範となっている。衰えを見せてからも危険な存在であり続け、四半世紀にわたる手数、支配力、芸術性の組み合わせは他に並ぶ者がいない。
マニー・パッキャオの主張
史上唯一8つの体重階級で世界タイトルを獲得した選手、パッキャオはマニラで106ポンドの少年から、この競技最大のスターたちを破るウェルター級チャンピオンへと駆け上がった。62勝8敗2分39KOという戦績は、4階級での系譜上のタイトルと、オスカー・デラホーヤ、2ラウンドでノックアウトしたリッキー・ハットン、ミゲール・コット、マルコ・アントニオ・バレラ、そして壮絶な3部作となったエリック・モラレス、4戦にわたる紙一重の抗争となったフアン・マヌエル・マルケスへの破壊的な勝利で彩られている。目にも留まらぬスピード、独特の攻撃角度、容赦ない手数を持つ旋風のようなサウスポーで、2000年代の「ファイター・オブ・ザ・ディケイド」に選ばれた。エリートレベルで戦いながらフィリピンの上院議員となり、一国を背負った。マルケスとの物議を醸した敗北と長らく延期されたメイウェザー戦での敗北だけが、それ以外は他に類を見ない階級を超える上昇を汚す傷跡となった。