ジョン・ヒギンズ
レイ・リアドン
指標別に見る
バーはこのリストの首位を基準にした相対値です。
結論
ジョン・ヒギンズが4指標中3で優位。 当サイトの歴代ランキングではジョン・ヒギンズが5位、レイ・リアドンが6位です。
ジョン・ヒギンズの主張
現代における最も優れたオールラウンドな技巧派であり、傑出した世代の中で最も息の長い競技者。ヒギンズは1998年、2007年、2009年、2011年に世界タイトルを獲得し、計8回の世界決勝に進出した。うち2017年、2018年、2019年は3年連続の決勝敗退で、2回は最終フレームで決着している。ランキングタイトル30回以上、UK選手権3回、マスターズ2回、トリプルクラウンタイトル9回を持ち、900回以上のキャリアセンチュリーを記録している。彼を際立たせるのはその完全性である。ツアー内では同世代最高のセーフティプレーヤーと評される一方で、最大級のプレッシャー下でも劣勢からのクリアランスをこなせる。それは特に後年のクルーシブル決勝の決着フレームで顕著だった。1992年にロニー・オサリバン、マーク・ウィリアムズとともにプロ入りし、45歳を過ぎてもランキング大会で優勝し続け、50代になってもツアートップで戦い続けた。
レイ・リアドンの主張
スヌーカーのテレビ革命を牽引した支配的な人物であり、アマチュア時代とプロブームをつなぐ架け橋。元炭鉱夫、元警察官のリアドンは1967年にプロ入りし、9年間で6回の世界タイトル(1970, 1973, 1974, 1975, 1976, 1978)を獲得、計7回の決勝進出を果たした。1976年のランキング制度導入時には初代世界ランキング1位となり、1978年のタイトル獲得時には45歳で、2022年にロニー・オサリバンに更新されるまで最年長世界チャンピオンだった。1976年にはマスターズも制し、トリプルクラウンの通算数を7に伸ばした。彼の全盛期にはランキング大会がほとんど存在しなかった——世界選手権が1982年まで唯一のランキング大会だった——ため、彼のランキングタイトル1回という数字は彼の実績をひどく過小評価している。生え際の形と、相手をゆっくりと仕留めていく習性から「ドラキュラ」と呼ばれ、後にオサリバンの2004年世界タイトル獲得をコーチとして支えた。