アルベルト・トンバ
フレニ・シュナイダー
指標別に見る
バーはこのリストの首位を基準にした相対値です。
結論
フレニ・シュナイダーが5指標中3で優位。 当サイトの歴代ランキングではアルベルト・トンバが8位、フレニ・シュナイダーが10位です。
アルベルト・トンバの主張
「トンバ・ラ・ボンバ」は、アルプスの村々に支持されていた競技を、イタリアの国民的一大イベントへと変えた。彼は50のワールドカップ勝利(スラローム35勝、大回転15勝)と3つの五輪金メダルを獲得し、1988年カルガリーで両技術系種目を制し、1992年のアルベールビルで大回転を防衛。これにより同一種目で2大会連続金メダルを獲得した初のアルペン選手となった。3大会連続でメダルを獲得した。総合クリスタルグローブは遅れて1995年に手にし、1996年シエラネバダ世界選手権ではスラロームと大回転の2冠でキャリアを締めくくった。数字だけでは彼を語りきれない。トンバは並外れた脚力を武器に肉体的で攻撃的なラインで滑り、2本目を劇場に変え、4位や5位から巻き返すことも日常茶飯事だった。彼のスラロームに対するイタリアのテレビ視聴率は、この競技でその後二度と見られない水準に達した。
フレニ・シュナイダーの主張
その世代を代表する技術系種目の女王であり、シフリン以前における女子スキー史上最も驚異的な単一シーズンの持ち主。1988-89シーズン、シュナイダーは出場16戦中14勝を挙げ、これに並ぶ女子選手の勝率は他にない。キャリア通算55のワールドカップ勝利と、1989年、1994年、1995年の3度の総合クリスタルグローブでキャリアを締めくくった。1988年カルガリーではスラロームと大回転の両方を制し、その6年後、深刻な膝の負傷を経た1994年のリレハンメルでは再びスラロームを制し、さらに銀・銅メダルを加え、3大会でキャリア通算5個の五輪メダルを手にした。1987年には大回転の世界チャンピオンとなり、1989年のヴェイルでは2つの金メダルを獲得した。彼女の大回転技術――静かで、弧の中での荷重に対しどこまでも辛抱強い――は、その後20年間スイスのコーチングが手本としたモデルとなった。